キクオさんの YouTubeを見た。
キクオさんは 『胡道』 という言葉を使っていた。
いい言葉・・・だ。
胡蝶蘭の道を究めれば 胡道 となる。
胡蝶蘭のよさは なにか ときめかせるものがある。
胡道 は 鼓動 につながる。
鼓動。
こころときめかせながら
ひとに まごごろを贈る・・・。
胡道を極めた達人が丹精込めて作った胡蝶蘭は
胡蝶蘭の鼓動と つくった人の鼓動と 贈る人の鼓動が
共鳴しあって ひとつの物語となります。
カタチがあって カタチのないもの
共鳴する 鼓動 をとどけたい・・・・。
話は展開するが・・・
西洋人は NATURE をいとおしく 求める。
日本人は NATURE を 自然 と訳した。
そこにあるもの・・・あったもの・・・それが自然。
中国人は NATURE よりも TAO 『道』 をおもんじた。
そして 日本人は 道(TAO)という言葉 を 道(DOU)という実質に高めた。
自然と道は かけ離れているようであるが・・
あるがままではなく さらに求めるものにまで 高める力
のことをいう・・・
西洋では それを ART といい 芸術 と訳されるが・・
東洋人の持つ 言葉の響きの 『道』 こそが
自分の生命と世界をかけて 自らの宇宙を形成するものである。
あるくから 道になるのではなく
歩こうとする意志が 道をつくる。
ただ わが道(DOU)をすすむ。
大きな国 引用
ブログ開設おめでとうございます!!
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